日本のわかめと世界のWAKAME
わかめは、日本で古来より親しまれてきた食材の一つだ。縄文時代の遺跡から発見されているほか、平安時代の文献では阿波国から朝廷に献上される品として記録されていた。だが近年、日本のわかめ生産量は減少傾向にある。
主要生産地は宮城県・岩手県にまたがる三陸地方と、鳴門海峡に面した徳島県。この三県で国内生産量の八割以上を占める※1。戦後、養殖技術が確立されると生産量は大幅に増加したが、1970年代をピークに減少に転じた。2024年の収穫量は3万9,700トンで、前年に比べ9,900トン減少※2。わかめの生産量が減少している理由は、海水温の上昇や海の貧栄養化、漁業者の高齢化など複数挙げられている。
一方で世界に目を向けると、その扱いは大きく変わる。わかめは日本沿岸や朝鮮半島に分布していた海藻なので、それ以外の地域では食べることもない。わかめの英語表記がそのままWAKAMEであることからも、その馴染みのなさはうかがえるだろう。そもそも、わかめに限らず海藻を食べる食文化というもの自体が、世界では珍しい。
もちろん全くないわけではない。例えばアイルランドでは、17世紀にジャガイモが伝わるまで海藻を冬の間の貴重な食料、飼料、燃料として養殖していた。1845年から数年続いた大飢饉では、海藻が多くの人々の命を救った事実もある。しかし、この経験が海藻と貧困を強く結びつけた結果、「貧しい人が食べるもの」として敬遠されるようになってしまったのだ。
このイメージはアイルランドに限らず欧州広域に根強く残った。それが変わり始めたのは世界中で健康志向が強まり、ダイエットや肥満対策が取り沙汰されるようになってからだ。海藻が低カロリーかつ栄養豊富であることが認知されると、女性や健康を重視する人々の間で人気が高まった。
さらに、世界的な食糧危機を背景に、海藻を持続可能な食資源として活用しようという動きも出始めた。国連は世界の約7億3,500万人が飢餓に直面していること、海から供給される食料は5%程度に過ぎないことを報告※3。また世界銀行は2023年8月に報告書『海藻養殖の新しい世界市場2023年版』を発行し、海藻養殖市場は2030年までに最大118億ドル規模の成長余地があると指摘した。この試算には食資源としての活用だけでなくブルーカーボン※4としての機能、海洋の生物多様性保全、女性の雇用創出等による効果も含まれる。
ではこの流れに乗って、わかめも世界へ進出できるのかというと、実はもう少し複雑な事情がある。あるいは、その段階は実はとうに過ぎているともいえる。
なぜなら今、わかめは世界各地で侵略的外来種として警戒されているからだ。日本と朝鮮半島の沿岸から各地へ広がった原因として考えられるのは、世界中の海を航行する船舶。船のバランスを取るために注入するバラスト水や船底にくっついた胞子が、各地の海で外来種として繁殖したのだ。わかめを食材として見ない地域にあっては、港を占拠し地域の生態系を破壊する厄介者でしかない。そんなわかめを、世界が求める持続可能な水産資源にしていくための、同時に日本のわかめ産業を活気づかせるための取り組みが、今、注目を集めている。
※1 海面漁業生産統計調査(2023年)
※2 令和六年漁業・養殖業生産統計
※3 出典:2023年「世界の食料安全保障と栄養の現状(原題:The Latest State of Food Security and Nutrition in the World( SOFI)」 報告書、2021年国連食料システムサミット
※4 沿岸・海洋生態系(藻場、塩性湿地、干潟、マングローブ林など)が光合成により二酸化炭素を取り込み、その後海底や深海に蓄積される炭素のこと。二酸化炭素吸収源対策の新しい選択肢として世界的に注目が集まっている。

日本においてわかめは古くから食材として愛されてきた

徳島県のわかめ養殖場

船底などに付いた胞子によって、わかめは世界各国の海で繁殖した

海で育つ低カロリーかつ栄養豊富なわかめ
鳴門から始まった挑戦
日本のわかめ養殖業の活性化に取り組む企業が、徳島県鳴門市にある。昭和52年の創業以来、鳴門わかめの加工・販売を手がけてきた有限会社うずしお食品だ。伝統ある鳴門わかめを未来につないでいくために、農業や畜産業とともに行う海の貧栄養化対策、めかぶを用いた新たな肥飼料の開発、そして海外輸出の促進などに取り組んでいる。
うずしお食品の代表取締役社長である後藤弘樹氏は、「今の日本のわかめ養殖業には夢がない」と語る。
「鳴門エリアだけで、多いときは150軒ほどのわかめ産業者がいましたが、30軒ほどに減りました。なぜかというと、体がしんどいとか、儲からないといった理由ももちろんありますが、夢がないんです。今、わかめを含め海藻の生産量世界一位は中国の大連なのですが、そこに行って実際に見てみると、もう桁が違います。大量につくったわかめをアメリカやヨーロッパにどんどん広げている。そういう夢、将来性が鳴門のわかめ産業にも必要だと考え、私たちも徳島県庁や中小企業基盤整備機構などと協力して、中東やヨーロッパへ輸出するための準備を進めてきました」

有限会社うずしお食品 代表取締役 後藤弘樹氏
「わかめは美味しい」が輸出の鍵
後藤氏が輸出先として特に力を入れたのがフランスだ。輸出に関する規制が厳しいため、ここをクリアできれば他の地域への輸出もしやすくなる。
フランスもまた、わかめが外来種として入り込んだ地域の一つだ。牡蠣やムール貝といったフランス料理でもお馴染みの食材を多く生産しているブルターニュでは、定着してしまったわかめを食用にしようという試みが始まっている。後藤氏はわかめ輸出の可能性を探る海外視察の一環で、初めてブルターニュの海で海藻養殖の現場を見たときのことを、次のように振り返る。
「養殖場でわかめを引き上げた瞬間、『なんだこれは』と思いました。ものすごく良質なわかめが次々にあがってくるんです。フランスにもわかめがあるらしいというのは30年以上前から聞いていましたが、まさかここまでのランクとは思わず、驚きました。そしてそんなわかめを、ただ塩をまぶしただけで保管していたことにも驚きました。それは日本では50年も前からやっていない方法で、正直にいって、美味しくはならない。とてももったいないと思いました。そしてこれではわかめを食べてくれる人は増えない、わかめ輸出のためにもまずは『わかめは美味しい』という認識を海外で広めなければダメだと気づきました」
日本に先行して海外輸出を進めている中国や韓国は、これまで欧州やアメリカに向けて高品質なわかめは輸出しておらず、加工方法も伝えてはいなかった。わかめを湯通しすると鮮やかな緑色になるという日本人なら子どもでも知っているような知識さえ、欧州にはなかったのだ。
わかめを美味しく食べるための技術。それは日本が長い歴史の中で培ってきたものであり、日本ならではの強みでもある。このときに養殖場を見せてくれたAlgolesko社とうずしお食品は、以来、互いの養殖現場や加工場を視察しあうなどの協力を続け、2022年には技術支援契約を締結した。
わかめを海外で広められれば、日本国内のわかめ産業の活性化につながると後藤氏はいう。
「昔からわかめを食べている日本では、歴史があるため、逆に固定観念ができあがってしまっている。食べ方といえば味噌汁、酢の物、サラダと、あまり幅広いとはいえません。ですが、これまでわかめを知らなかった食文化の中で活かされれば、全く新しい発想による食べ方・レシピが生まれるかもしれない」
そうしてわかめの食材としての可能性を逆輸入できれば、日本国内でのわかめ消費量も増え、わかめ養殖業の活性化にもつながるはずだ。(後編へつづく)


うずしお食品が販売している鳴門わかめ




