もともとこの路線は国鉄の高千穂線として建設された路線です。その後、一時的にJR九州の路線となり、1989からは第3セクターの高千穂鉄道として運行されていました。
しかし、高千穂鉄道時代の2005年9月6日に台風災害が発生します。延岡駅〜高千穂駅間には五ヶ瀬川を渡る鉄橋が4カ所ありましたが、そのうち2カ所が流失したのです。
復旧には総額26億円かかるという試算が出されました。県と沿線自治体が出資する第三セクターだったため、赤字路線であることを理由に県が最初に復旧せず廃止の方針を打ち出しました。沿線自治体もこれに追従し、2008年には全区間が廃止となってしまいました。
廃線になる直前に高千穂線沿線の有志が集まり、「神話高千穂トロッコ鉄道」という会社を設立しました。この会社は高千穂鉄道の路線を引き継ぐ目的で設立されたものです。
当初はトロッコ列車を中心に朝夕は地元の高校生の通学列車も運行するという計画で動いていましたが、鉄道事業の国の認可を得ることに苦戦しました。その結果、「神話高千穂トロッコ鉄道」としての車両運行再開は現実的ではないと判断され、当時の大株主が撤退を表明し、会社は解散宣言を出すことになります。そのとき一部の株主は残りました。その中心にいたのが弊社代表の高山文彦で、「神話高千穂トロッコ鉄道」の社長に就任しました。
会社の目標を「鉄道の復旧運行再開」から「保存鉄道として残していく」という目的に変更します。社名も「神話高千穂トロッコ鉄道」から「高千穂あまてらす鉄道」へと変更しました。
当面の目標は、旧高千穂駅から2.5km先にある高さ105mの日本一高い鉄道橋である高千穂鉄道橋を渡ることでした。それが実現したのは2013年のことで、軽トラックを改造した19人乗りの車両を二両連結させて走らせたんです。

世界中から訪れたお客を乗せて小さな旅を楽しむグランド・スーパーカート
現在は60人乗りのグランド・スーパーカートを運行させています。この車両は空港で荷物を運んでいるトーイングトラクターを改造したものなんです。車両を鉄の車輪の付いた台車枠の上に載せて、動力を車輪に伝えているんですね。エンジンはディーゼルで、バイオディーゼル燃料で動いています。このあたりは林業と農業の地域で、山が荒れて保水の力を失うと大雨のときに水を受け止めることができなくなります。高千穂鉄道の線路が台風で罹災したのは天災だけど、少なからず人災ということもあるかもしれないという思いが代表の高山にはありました。であれば、なにか環境に良いことをしようということで、バイオディーゼル燃料を使うようになりました。
ただ、この燃料は気温がマイナスになると固まってしまうので、冬の間だけは寒冷地仕様の軽油を使っています。
将来的には高千穂線を復活させるという希望を持ってやっています。もともと走っていた線路を走るか新線で復活するのかはわかりませんが、また延岡と高千穂を鉄道で結びたいと思っています。
県内にある他の過疎地でもそうですが、公共交通がなくなって生活が不便になったという声をよく聞きますので、いつか復活させたいですね。
私自身のことでいえば、幼いころから高千穂線の沿線で育ち、普段から母と出かけるときは列車に乗っていました。いつかは高千穂線の運転手になるという夢を抱いていたんです。でも私が小学四年生のときに鉄橋が台風の被害に遭って、夢は叶わないと思っていました。それが、「高千穂あまてらす鉄道」のおかげでまた夢を追うことができるようになったんです。
「高千穂あまてらす鉄道」は、なるべく東へ東へと向かって走行距離を伸ばしてゆく努力をしています。現在、隣町の日之影町に交渉をして高千穂鉄橋の3ロメートルほど先にあるトンネルを越えた深角(ふかすみ)駅まで保線用の小さな車両を試験的に走らせています。交渉が実れば、ゆくゆくはグランド・スーパーカートが走れるようにしたいと思っています。
「高千穂あまてらす鉄道」は、往復5.1km、約30分ほどの小さな旅です。それでも高千穂の大自然が織りなす四季折々のすばらしい景色を楽しむことができます。とくに高千穂橋からの渓谷美は絶景です。ぜひ来ていただきたいと願っています。

乗車券

旧高千穂鉄道の車両







