自分の手で茶をつくる
祖父の代のころ、お茶は畑の土手に垣根のように植えられていました。それを摘み取り、平釜で手炒りしていたのが私たちの原点です。昭和40年代に入ると、国の事業によって各地区に共同の釜炒り工場ができ、地域一帯でお茶づくりが行われるようになりました。
その後、昭和50年代に「自分の手でお茶をつくりたい」と考えた父が、自宅の敷地内に小さな工場を建てて独自の屋号で活動を始めました。私が就農した1987(昭和62)年当時は、茶園の面積はわずか七反(70アール)ほどでした。1992(平成4)年には現在の場所に工場を建て、徐々に機械を増やしながら規模を拡大してきました。2020(令和2)年には設備の入れ替えに伴い、工場を増設しています。近年は後継者不足や高齢化により、管理しきれなくなった茶園の相談を受けることが増えました。周囲の期待に応えて耕作放棄地を引き受けていくうちに、当初七反だった面積は、現在では約11ヘクタールにまで広がっています。
有機無農薬へのこだわり
お茶は有機無農薬で栽培しています。もともとこの辺りは冬の寒さが厳しいため、ダニなどの害虫が越冬できず、昔から農薬を使わないのが一般的でした。暖かい地域では春先にダニ対策の防除が必要ですが、この土地はその点で非常に恵まれていると感じます。
もちろん夏場には病気が出ることもありますが、それでも農薬には頼りません。剪定によってあえて葉のない状態をつくるなど、耕種的な防除を組み合わせて対応しています。新芽や葉がなければ害虫も付くことができないからです。
以前は私もしっかりと予防をしていた時期がありましたが、最近ではそこまで神経質にならなくても自然のサイクルでなんとかなるものだと実感しています。
ただ、農薬を使わないので除草が大変ですね。草の勢いが強く苦労しています。茶園の木は樹高が高くなるにつれて枝がどんどん細くなってしまいます。剪定を繰り返していても切り口より大きな芽は出ないため、枝が細くなるとどうしても芽の力が弱まってしまうんです。
そこで、木を若返らせるために「台切り」という作業を行います。枝が小指くらいの太さになる低い位置まで思い切って切り落とすんです。
ところが、そうして枝を払うと普段は隠れていた地面まで光が届くようになります。すると、株の間から一気に草が生えてくる。特に夏場の草取りは本当に骨の折れる作業です。

茶づくりの魅力
お茶は、野菜などと比べてもつくり方一つで全く違うものが仕上がります。良い畑をつくることはもちろん大切ですが、その茶葉をどう製茶するかで多様な味わいが生まれ、自分の「カラー」を出すことができます。そこがこの仕事の面白さであり、同時に大変なところです。納得のいくお茶ができたときは最高ですが、思うような味が引き出せないことも多々あり、そうなると精神的にも体力的にも本当にきついですね。
本来、お茶づくりは自然の力で健やかに育った綺麗な茶葉から始まります。しかし、それが一番難しいところでもあります。茶葉が持つポテンシャルを100としたら、製茶技術でいかに100に近い数字を残せるかが勝負です。製茶の工程で、素材以上のものは生まれません。私の茶園は、標高が500m以上と非常に高く、それが大きな強みになっています。

和紅茶への挑戦
昨今の世界的な抹茶ブームもあり、国内でも大手農家を中心に、抹茶の原料となる「碾茶」へ転換するところが増えています。問屋さんから要望をいただくこともありますが、私たちの茶園は山間地ですから大規模な生産には向きません。
そこで注目しているのが紅茶や烏龍茶づくりです。これらをやってみると非常に面白いんです。
現在は「青心烏龍」という品種を育てていまして、2024年の夏には初めて紅茶をつくりました。それが想像以上に良い仕上がりになりました。最近では埼玉や茨城でも紅茶や烏龍茶づくりが盛んですが、標高の差が味の違いとなって表れます。
各地のイベントで他県の生産者と会ったときに「これが同じ品種か」と驚かれることも少なくありません。お客さまからの期待も高く、今年も同等以上のものがつくれるだろうかと、心地好いプレッシャーを感じています。
今後は五ヶ瀬町伝統の釜炒り茶はもちろんですが、この土地ならではの良さを活かした紅茶や烏龍茶も追求していきたいですね。

「深山の露 特上」。まろやかな舌触りと旨味、さわやかな香りが評判の釜炒り茶。1,188円(税込)/100g
山のお茶 坂本園
https://teafarm-sakamoto.com/










