眉毛は「鶴」、鼻から口髭は「亀」という、吉祥や長寿をお顔に表現した「高崎だるま」は、別名「福だるま」「縁起だるま」とも呼ばれる。お腹には「福入」、両肩には「家内安全、商売繁盛、大願成就」などの願いを込めた金の文字が書かれている。重心が安定した形は心の持ち方を示し、どんな困難にも対処できる落ち着いた心と忍耐力を表現しているという。
高崎だるまの起源は諸説あるが、今から200年以上前に豊岡村(現在の高崎市)の豪農、山縣友五郎によって生み出されたとされる。明治時代に入り、木型名人の葦名鉄十郎盛幸がこの地でだるまの木型を専門に彫り始めると、徐々にだるまづくりを目指す者が増えていった。現在、72人の職人がその伝統を受け継ぎ、全国の張り子だるまの8割がここでつくられている。
だるまの形は、初めは達磨大師の姿を描いた座禅の形だったが、養蚕の発達とともに繭に似た縦長の形に変わっていく。上州(群馬県)は、昔から養蚕の盛んで、蚕は繭をつくるまでに四回脱皮し、蚕が古い殻を割って出てくることを「起きる」という。この言葉にかけて、養蚕農家では七転び八起きのだるまを大切な守り神として奉り続けてきた。また、この地はからっ風といわれる乾いた風が吹くため、紙を張り、色を塗り、絵柄や文字を描くだるまづくりに適していたため、発展したといわれる。
現在の高崎だるまは、使えなくなった紙製の業務用卵パックと水、余った新聞紙をミキサーにかけ、液状にしたものを型に流し込み、取り出したものを天日干ししてから、職人が一つひとつ絵付けして仕上げている。だるまの世界にも、サステナブルな工程が入っていることに驚く。群馬県達磨製造共同組合の理事長、吉田昌弘氏はいう。
「ずっと守っていくことと、時代とともに変化し、変化を柔軟に取り入れることが必要。先人も変化とともに試行錯誤してきたのだから、私たちも多様な変化に対応し、伝統と受け継いでいきたい」
昔はだるまといえば赤色だったが、今は白、黒、青、黄、緑、紫など、さまざまな色がある。でも、一番人気はやはり「赤いだるまさん」だそうだ。




