生き物と米が結んだ酒造りへの道
「祖父母が米農家だったので、子どもの頃の遊び場はもっぱら田んぼ。物心ついた頃からオタマジャクシやザリガニ、カブトエビといった田んぼに棲む水生生物たちはとても身近な存在で、いつの間にか生き物が大好きになっていました」と、若林氏は自身の幼少期を振り返る。
「大学では水生生物の生態学を専攻し、卒業時には中学・高校の理科の教員免許も取得しました。生き物に囲まれて育ち、ごく自然に、将来は生き物に関わる仕事をしたいと思うようになったんです」
そんな若林氏が現在の事業の形をおぼろげに描きはじめたのは20歳のころ。
「米農家だった祖父は、農作業を終えると毎晩、日本酒で晩酌をしながら幼い私に話してくれました。『福成、じいちゃんが好きなお酒は、お米からできてるんだよ。じいちゃんが育ててるお米から』と。当時は、漠然と『そうなんだ』と思っただけでしたが、発酵が微生物の働きによる化学変化だと大学で学び、改めて生き物の力のすごさに感銘を受けたんです。そして、酒造りを通して、目に見えない小さな生き物たちの命の営みを伝えたい、と思うようになりました」

須美演習林と茅葺き屋根の古民家
埼玉に根ざす木桶仕込みの伝統産業
現在、やまね酒造で造るすべての酒は、木桶仕込みだ。国内の日本酒製造において一パーセント未満だといわれる希少な木桶製造を選択するのはなぜなのだろうか。
「木桶には目に見えない無数の微生物が住み着いています。彼らは発酵を手助けするだけでなく、お酒に複雑で奥行きのある味わいを与えます。多くの酒蔵が品質安定のために火入れを行うなか、弊社では生酒にこだわっています。『酒造りとは微生物が行うものであり、人間はその活動のサポートをさせていただいているだけだ』 と考えているからです。生酒とは、酵母菌が生き続けている状態のお酒であり、味わいは刻一刻と変化します。私たちはその変化すらも美しいものだと捉え、自然や生き物に寄り添った酒造りを進めていくつもりです」
やまね酒造が使用する木桶の木材には、埼玉県飯能市で生産された「西川材」を積極的に用いている。加えて、酒造りに不可欠な米や水も、埼玉県産にこだわっている。
「今年から、原料のお米の約半量を無農薬米にすることができました。埼玉県内で無農薬栽培を行う米農家は限られているため調達は困難ですが、土地の自然や土壌の生き物にやさしい農法を目指し、最終的には酒造りに使う全量を埼玉県産無農薬米にしたいと考えています」
信念を持って酒造りに取り組む若林氏だが、その過程ではさまざまな課題も。
「木桶職人の数は年々減少し、埼玉県内には木桶職人がいません。そのため、埼玉で採れた木材を香川県小豆島まで送り、製造を依頼しているのが現状です。私はぜひ飯能で木桶職人を復活させたいと考え、江戸時代から続く地元の林業家の方と小豆島の『木桶職人復活プロジェクト』に参加するなど、連携した取り組みを行っています。地元の森の木で木桶をつくり、地元の米や水で酒を仕込み、地元で消費する。そうした一連の流れを『やまね酒造モデル』として確立し、地域資源や伝統技術の継承、そして何よりも生き物たちへの敬意を伝えたいです」

やまね酒造が製造する日本酒「やまねのみのり」(300ml/税込1,500円)

赤沢醸造所直売店(やまね酒造株式会社敷地内)営業日:不定期(直売店営業日が決まり次第、やまね酒造HP・Twitterにて発信いたします)営業時間:11:00~16:00
恩師の言葉で出会った飯能の自然
若林氏が飯能市にやまね酒造設立を決めたのは、高校生のころに出会った尊敬する昆虫学者の言葉がきっかけだ。
「当時、毎週のように通った東京・上野の国立科学博物館でカメムシの権威である友国雅章先生と出会いました。大好きな生き物について夢中で話す私に、先生は『君が話す生き物の多くが、埼玉県飯能市にいるよ』と教えてくださったのです。全国50カ所以上の候補地を巡りましたが、最終的にはかつての先生の言葉が決め手となり、ここ飯能の地にやまね酒造を築くことを決意しました」
友国先生の言説どおり、飯能市にはツキノワグマやモモンガ、ニホンヤマネなど、多くの生き物が生息している。
「屋号の由来でもあるニホンヤマネは、私たちの活動の象徴。現在、飯能市内に約100個の巣箱を設置してヤマネの調査・保全を行っています。また、やまね酒造の活動を体現する場所として、築220年を超える江戸時代建造の茅葺き屋根の古民家と周辺の久須美演習林を取得。その一帯を『やまねの里』と位置づけ、 敷地内で見つかった絶滅危惧種のトウキョウサンショウウオや希少植物のエビネ、茅場に生息するカヤネズミといった生き物たちの保全活動など、新たな生物多様性保全に向けた取り組みの舞台として展開していく予定です」

ヤマネの巣箱を確認
「やまね酒造モデル」を世界へ
若林氏の活動の根底にあるのは、次世代に自然や生き物の大切さを伝えるという強い使命感だ。やまね酒造では、小学生から大学生までの若い世代を対象にした自然観察会なども積極的に実施している。さらに、今後は「やまね酒造モデル」を広く一般化するべく、経済的な循環を生み出すことも目標に掲げている。
「直近では、森林セラピーなど山の恵みを体験できる高付加価値型のツアーを計画しているほか、茅葺き屋根の家を一棟貸しの民泊にして、学生さんや企業の方々が自然保全を考える場として提供していきたいです。その他、海外のお米を使った酒造りも計画中。売上の一部を現地の環境保全活動に当て、日本の伝統文化産業と海外の主食米を連携させて、世界中の生き物を守る活動に繋げていけたら、これ以上嬉しいことはありませんね」

ニホンヤマネ
やまね酒造株式会社
所在地:埼玉県飯能市大字赤沢223
https://yamaneshuzo.jp/




