末吉里花一般社団法人エシカル協会 代表理事

エシカルは、サステナビリティの向上を目指す
行動を支える「ものさし」

テレビ番組『世界ふしぎ発見!」のミステリーハンターとして世界各地を旅する中で、ターニングポイントがやってきた。アフリカ最高峰・キリマンジャロの山頂で、わずかしか残されていない氷河を目の当たりにしたときのショック。それが、現在まで続く「なんとかしたい」という思いの原動力となっている。自ら考え、行動すること。変化を起こす人々を育み、そんな人々と持続可能な世界の実現を目指すこと。希望にあふれた未来への歩みを、これからも進めていく。
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「私たちがエシカル協会を立ち上げたのは2015年、SDGsが採択された年です。同年、日本では消費者庁が『倫理的消費』調査研究会をスタートさせました。エシカル消費の定義をきちんと定め、一時のトレンドではなく日本の文化として定着させようという動きが起こった、マイルストーンの年だったと考えています」

「ethical」は直訳すると「倫理的な」という意味だ。当時の日本ではまだ聞きなれないこの言葉を、エシカル協会では「いきょうを っかりと んがえ」と表現した。

「エシカルは、日本で昔から大切にされてきた『おたがいさま』『もったいない』『足るを知る』などの精神性と近しいものです。サステナビリティの向上を目指すときに、行動を支える『ものさし』となるものがエシカルだと私は考えています」

2020年10月には、政府が「2050年カーボンニュートラル宣言」を発表し、サステナビリティに関する企業の方針や活動に大きな影響を与えることとなった。

さらに、日本の変化のドライバーになってきたのが学校教育だという。

「現在の学習指導要領には『持続可能な社会の創り手の育成』が掲げられています。2021年には中学校の教科書に、2022年には高校の教科書に『エシカル消費』が掲載されるようになりました。探究の授業で現代社会のさまざまな問題を取り上げ、身近なところから解決を目指すことを学ぶところも増えてきています。エシカルやサステナビリティの知識が前提となった世代が成長していけば、大きな変化が起こるはずです」

10年にわたるエシカル協会の活動の当初、「教育は時間がかかるし、一番遠回りだと思っていた」と末吉氏は振り返る。

「日本では、法律や制度が変わるスピードが緩やかで、気づけば10年があっという間に過ぎてしまうこともあります。しかし、学校教育の中でサステナビリティを学んだ子どもたちは、確かな意識を持った実践者として社会に羽ばたいていく。その姿を見ていると、教育こそが変化への近道なのだと、改めて実感するようになりました。だからこそ、誰がどう教えるかが重要になります。先生方もお忙しくサステナビリティについて学ぶ時間を確保することが難しいのが現実です。また、大人たち自身もこの課題に対する明確な正解を持ち合わせているわけではありません。だからこそ、こうした学びを学校教育の枠にとどめるのではなく、地域社会全体で共有し、共に考えていくことが大切だと感じるようになりました。エシカル協会が教育に関わる事業を始めたのは、そうしたことがきっかけです」

現在、エシカル協会では「エシカル・コンシェルジュ講座」を開催し、サステナビリティの専門家であるエシカル・コンシェルジュを累計27,000人以上輩出した。

さらに、その中から子どもたちと伴走してサステナビリティの学びを深め導く役割を担うエシカル・リーダーを育成し、地域の学校に派遣することで、次世代のサステナビリティ教育を支えている。

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「真面目な日本企業」がとるべきアプローチ

エシカル消費をはじめ、サステナビリティの実践は短期的には成果が見えづらい。企業はエシカル消費がどんな未来につながっているかを消費者に提示すべきだが、そのコミュニケーションには困難が伴う。

「消費者を対象としたある調査で、『なぜエシカル消費を実践しないのか』という問いに対して、『価格が高いから』のほかに『本当にエシカルにつながる製品かわからないから』という理由も上位に入っていました。

潜在的にほしいと思っている消費者がいたとしても、企業がきちんとコミュニケーションを図らない限り、消費者の選択肢は広がらず選べないということにつながります。情報開示やラベル表示などを含め、さまざまな形でのコミュニケーションは必須です。ただ最近は、EUでグリーンウォッシュが法規制の対象になるなど、情緒的なコミュニケーションが厳しくなっているというジレンマもありますね」

日本ではEUほどの規制はまだないため、「やっていることをできる限り見せることが大切」だという。

「そのときに、できていないことも併せて見せたほうが、消費者の信頼を得ることにつながると思います。

『X年までにこういう目標を掲げているけれど、それに対して今はこれだけできていない。私たちはこの目標を達成しなければいけないから、そのために皆さんの力を貸してください』というようなコミュニケーションが、もっと起きるといいですね。

日本企業は真面目なので、できていないところを見せるのは苦手だとは思います。でも、何をやったかではなくどのくらい変容・変化したかが重要なので、企業としてそこを見せていくことは本質ではないでしょうか」

この日本企業の「真面目さ」は、目標設定にも影響を及ぼしている。

「グローバル企業であるほど、定めたKPIに対して明確な実績を厳しく求められるので、野心的な目標を立てづらいと思います。

一方で、何かしらのコミットメントを出さないとリスクになるという側面もあります。社会・環境を取り巻く課題は複雑で一社だけで目標を達成することは困難なので、関係する団体や同業他社と手を組みながら、業界全体でルールテイカーからルールメイカーへと変わる動きをつくることも一つの方法ではないかと考えます」

企業、自治体、生活者。みんなでつくる循環経済

末吉氏は、企業のESGアドバイザリーボードメンバーのほか、日本ユネスコ国内委員会委員や消費者庁消費者教育推進会議委員など、官民の要職も務めている。その中で「循環経済が国家戦略に位置付けられ、どんどん進んでいる」という実感を得ているという。

「日本は以前から3Rに真面目に取り組んできたが故に、循環経済の動きに合わせて自治体の境界を越えてルールを変えたり、業界団体と折り合いをつけることが難しい部分があります。

とはいえ、資源循環は国益や安全保障にも関わるテーマなので、国としていかに速度を上げられるかが重要です。取り組むことで地方の活性化や雇用にどのようにつながるのかといった側面も含めて、地方自治体の政策の中にいかに落とし込めるのかが鍵になっていくのではないかと思います」

同時に、循環型社会を構築していくためには、市民一人ひとりのアクションも不可欠となる。

「国がいかに政策を掲げても、市民に浸透しない限り実現はできません。特に資源循環における回収のプロセスでは、市民のアクションが不可欠です。でも、市民のモチベーションを上げるという点では、政策にできることは限られています。ですからここでも、教育が有効な手段になると考えています。

知識を持った子どもたちを育てるだけでなく、大人に対しても教育の機会をもっと増やしていくべきです。企業においては、特に経営者層への教育を重視しています。現在の状況をつくったのは大人たちなのですから、自ら学んで変化させようという姿勢を見せることが大切です」

時代ごとに「正しさ」は変わっていく。かつて若者だった大人たちが正しいと思っていたことも、これからの時代にフィットし続けるとは限らない。

「時代ごとの正しさをキャッチアップして『正しさのものさし』をアップデートし、組織の中に生かしていく必要があります。エシカル消費を選びたいと考える世代がどんどん出てくる中で、『そういう生活者が最近多くなったな』と意識したときにやり始めるようでは、遅いんです」

エシカル協会では2025年9月より、地域におけるサステナブル教育を担う人材の育成と派遣を行う「サステナブル教育推進事業」を推進。第一弾として、プロサッカークラブ湘南ベルマーレ、茅ヶ崎市、株式会社shikakeruが共同で実施している「サステナトレセンProject.」に参画している。

「サステナビリティの本質」を見つめ直しながら

循環経済関連のビジネス規模は2020年に約50兆円に達し、2030年には80兆円以上を目指すという政府目標がある。その中で、循環経済に貢献するビジネス=CEコマースの成長も期待されている。

「シェアリングやレンタル、サブスクリプション、リユース、リペア、リファービッシュ、アップサイクル。そうした『新品でなくてもいい、一つのものがいろんな所有者を渡り歩く』ことを快適に実践できる社会がこれから必ず訪れます。

若い人たちはすでにアプリなどを活用しながら、新品を買うより安くものを手に入れたり、借りたり、新品で手に入れたものを次の人に売ったりしていますね。エシカル消費普及のハードルだった『価格が高い』という課題は、洋服やインテリア用品、家電などにおいてはCEコマースで解決できるかもしれない。そういう意味でも、希望がある領域だと思っています」

末吉氏は「企業は消費者をエシカルな方向に啓発するための教育者になれる」と期待を寄せている。

「特にものづくりの企業には、『エシカルな製品をつくることで、社会が良くなる』という自負を持ってほしいなと思っています。

それが実現したら社員の人たちも楽しいですよね。私はそれこそがイノベーションだと思っているんです。ものの性能や技術の革新だけでなく、消費者の行動変容をどう促していけるのか。それができる企業が増えたらと思うと、ワクワクします」

困難な時代の中で難しい課題に前向きに挑むためには、自らの行動の本質を問い直し続けることも重要となる。そのとき、「エシカルというものさし」は力を与えてくれるはずだ。

「1987年に『我ら共通の未来(Our Common Future)』で提唱されたサステナビリティの定義『未来世代のニーズを損なうことなく、現在の世代のニーズを満たす能力』をもう一度しっかりと心に留めておく必要があると思っています。

人間だけでなく、他の生き物たちの存在や、『公正な社会とは何か』といった問いも含めて、私たちは改めて『サステナビリティの本質とは何か』に向き合うことが大切なのではないでしょうか」

末吉里花

TBS系『世界ふしぎ発見!』のミステリーハンターとして世界各地を旅した経験を持つ。慶應義塾大学 環境情報学部 特別招聘准教授(非常勤)、花王株式会社 ESGアドバイザリーボード、明治ホールディングス株式会社 ESGアドバイザリーボードのほか、経済産業省、環境省、消費者庁等の委員、東京都TOKYOエシカルアドバイザー、日本ユネスコ国内委員会委員など、官民のエシカル・サステナビリティ関連の要職を多く務める。

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