うずしお食品と技術提携を結ぶAlgolesko社の海藻養殖は、フランス北西部、ブルターニュ地方の南西の端に位置するレスコニールの沖にある。
英仏海峡と大西洋に面したブルターニュは海と森に囲まれた自然豊かな地で、りんごを発酵させたシードルやそば粉のガレット、イギリスから伝わったケルト文化やアーサー王伝説にまつわる遺跡など、独自性の高い文化でも知られている。
フランスといえば農業・畜産業のイメージが強いが、この地域は水産業も盛んだ。牡蠣やムール貝といったフランス料理でもお馴染みの食材を多く生産している。そんなブルターニュの海で、新たな特産品になり得る食材づくりに挑戦しているのがAlgolesko社だ。
「私たちの目標は、自然を守りながら海藻を育て、それを良質な栄養源として市場に届けること。しかし、ブルターニュでは海藻を育てることはできても、食べるために加工・保存する技術がなかったんだ」
そう語るAlgolesko社の社長Timothée SERRAZ(ティモテ・セラーズ)氏が海藻養殖を始めた10年前、漁港には大量のわかめがたゆたっていたが、それを食べようというフランス人はほとんどいなかった。
「60年前、ブルターニュの牡蠣が伝染病で全滅しかけたときに、日本から稚貝を輸入したんだ。その貝にくっついて入ってきたわかめの胞子が環境に適応して繁殖し、この海に根を張った。だから、私たちが育てているわかめは日本と同じものなんだ」とティモテ氏。
日本のわかめと同じ、大きくて旨味も栄養も豊富な種であれば、フランスでも食資源として十分に活用できる。外来種は本来、駆除の対象となるが、それを地域の環境と他の生物種に影響を与えずに養殖できるのなら、貴重な食資源として有効活用するに越したことはない。

Algolesko社 創業者 Timothée SERRAZ氏
日本の技術で広げるわかめの可能性
海藻を栄養源として広めようというAlgolesko社の目標達成には、フランス・欧州のご家庭の食卓で海藻を美味しい料理として並べてもらうことが不可欠だ。だが、十分な技術や知識がなければ養殖業はうまくいかず、さらに新鮮で美味しい状態で出荷しようとすれば、相応の加工技術も必要になる。
Algolesko社はうずしお食品の協力を受け、熱湯で茹でた後、すぐに冷やしてから塩漬けにする「Frais salé(フレサレ)」などを商品化。日本の技術を活かした、鮮やかな色合いや採れたての歯応えを備えたおいしい海藻を販売することができるようになった。
ティモテ氏は、次の課題は海藻の食べ方を広げることだという。
「海藻を食べる習慣がなかった欧州の人たちは、どうやって食べたら良いのか、どんな料理に使えば良いのかがわからないんです。だから、調味料の会社とコラボしてそのままサラダにして食べられる味つき海藻を開発したり、冷凍タイプの商品を小学校に提供してクスクスやジャガイモのピューレに混ぜてもらったりしています」
自然保護区と養殖事業
Algolesko社が海藻養殖を行っているレスコニール沖150ヘクタールは、EUが生物多様性保護を目的に設置する自然保護区「Natura 2000」に指定されている。許可された船しか入れず、持続可能性が認められた方法でなければ漁業も養殖業もできない。
ブルターニュの海は、地球上で最も美しい生物多様性を有するエリアの一つといわれ、800種以上の海藻が生息する。フランスだけでなく欧州各国の研究者が調査に訪れるほどだ。
「特に水質がすばらしいんです。メキシコ湾流が北極から漁場に不可欠な栄養ときれいな水を運んできてくれる。おかげでとても栄養価の高い海藻が育ちます。私たちがここで事業を行う最大の理由がこの水です」と、Algolesko社で営業を担当するEmilie DUCAT(エミリー・デュキャ)氏はいう。
成分調査により、Algolesko社のわかめは日本で一般的に流通するわかめと比べて、栄養素が多いことがわかっている。マグネシウム、カルシウム、食物繊維は多く、逆に身体に有害な重金属は少ない。豊かな海でより栄養豊富になるわかめは、同時に海中の二酸化炭素や過剰な窒素・リンを吸収するなど、海を浄化する機能を果たす。持続可能な海藻養殖は、人にも海にも大きな恵みになり得るのだ。

わかめが育っているロープ。収穫期にはもっと長く太く育つ。
瀬戸内海を豊かな海に戻すために
日本のわかめ生産量が減少している理由の一つと考えられる「海の貧栄養化」。これを解決し、わかめ養殖業をより持続可能な産業へと発展させる取り組みが、うずしお食品を中心に進んでいる。
現在、瀬戸内海では、環境保全施策により水質が改善され透明度が高まった一方で、海の三大栄養素※1である窒素が減少し、植物プランクトンが育ちにくくなる貧栄養化が課題となっている。
これを解決する施策が、陸上で行われる畜産業・農業を通じて豊かな土壌をつくり、そこから栄養素が海へと流れ出る仕組みをつくること。そのために活用できるのが、うずしお食品が開発したわかめの根を発酵させてつくる飼料だ。これを豚に与えることで、飼料効率が向上し病気にもかかりにくくなるという実証結果が得られている。さらに、この飼料で育った豚の糞は化学物質の少ない良質な堆肥となり、畑に蒔くことで作物を育てるとともに土壌を肥沃化する。そして肥沃な土壌から海へ流れ出た養分は、わかめやその他の海藻を含め海に暮らす多様な生物を育てていく。
「このような畜産業や農業が水産業に貢献するという考え方は、欧州の方が進んでいます。実際にフランスの農家の方と話して、意識の高さ・視野の広さに感銘を受けました。100年先も食糧に困らない土地であり続けるために、海外を含めいろいろな場所で進む取り組みを参考にしながら、私たちも新たな挑戦をしていきたいと思っています」と、後藤氏は語る。わかめの持続可能性は、世界の食糧危機解決や循環型一次産業の構築にもつながっている。
※1 窒素、リン、ケイ素の3つ

Algolesko社が扱う海藻。日本にはない品種も販売している。
ブルーカーボンとブルーエコノミー
わかめをはじめとする海藻は、気候変動対策の観点でも注目されている。
海藻は陸上の樹木と同じように、光合成により二酸化炭素を吸収し炭素を貯留できる。この炭素が、いわゆるブルーカーボン。さらに海藻が集まった藻場は、二酸化炭素の吸収源であるとともに海洋生物の産卵・保育場として海の生物多様性を支えていることから、「ブルーカーボン生態系」とも呼ばれている。ブルーカーボン生態系には海藻藻場のほかに、マングローブ林、海草藻場、塩性湿地などがある。
この中で海藻藻場は炭素貯留能力が低いとされ、気候変動対策よりは水産資源供給や波浪の緩和などの効果が期待されていた。だが、2016年に発表された論文で、アメリカ西海岸のジャイアントケルプというコンブ類の海藻が海底に堆積することで大量の炭素を長期間貯留していることが示されて以来、風向きが変わった。
海藻は波にもまれてちぎれたり枯れたりすると、沖合まで流されて深海に沈んでいく。深海では光合成が起こらないため数百年から数千年もの間、炭素をそのまま貯留しておけるのだ。2024年にイギリスのプリマス海洋研究所が発表した研究結果では、世界の海藻藻場は毎年およそ5千600万トンの炭素を、大陸棚を超えて深海に移動させていると推定(2022年度の日本の森林の二酸化炭素吸収量は4千568万トン※2)。これにより、400万から4千400万トンの炭素が少なくとも100年以上深海で貯留されている可能性があるとした※3。
ブルーカーボンへの注目や海洋環境悪化の深刻化などを背景に、海の持続可能性を向上させる経済活動を「サステナブル・ブルーエコノミー」と呼んで促進しようとする動きもある。自然保護として海を守る活動だけでなく、海をめぐる経済活動全般を見直して持続可能な形に変えていこうという考えが世界に広がっているのだ。わかめの養殖業も、その中の一つといえる。
日本人が古来より美味しく食べてきたわかめは、今、地球環境と人々の健康な食、そして世界各地の経済までをもサステナブルにする存在として認められつつある。世界の海でたゆたうわかめが、害藻ではなく貴重な資源として受け入れられる日も、そう遠くないのかもしれない。
※2 出典:林野庁森林利用課作成資料
※3 出典:BLUE CARBON.jp





