黄 麗容(Wong Lai Yong)First Penguin Sdn. Bhd. 創設者

サステナビリティ実現の鍵は、一人ひとりへの浸透
一人の「主体性」が、企業と社会を動かす原動力になる

環境やCSRという言葉が日本のビジネス界に登場し始めた2000年前後から今まで、サステナビリティ推進を支援してきた黄 麗容氏。日本の企業と社会が、サステナビリティをどのように捉え、発展させてきたか。そして次の時代へとつなげていくために何が必要なのか。マレーシアと日本で学んだ経営学と、アジア各国での人材育成経験、そしてグローバルな視点を持つサステナビリティ・アドバイザーとしての活動で培った広範な知見をベースに、転換点にある今を見据える。
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「社会全体が幸せであるには、どうしたら良いのだろう」

「人間社会における本当の幸福とは何だろう」

多くの人が忘れがちな純粋な問い。その答えを探すために自ら一歩を踏み出した時が、自身の原点だと黄氏は語る。

「当時私は中学3年生で、進路を決める数日間にわたる試験期間のことでした。試験を終えたその足で、学校の向かいにあった視覚障がい者施設へ行き、『何か、私にできることはありますか』と尋ねたのです。自分だけの成功ではなく、社会全体の幸せについて考えたいという気持ちに従って踏み出した一歩でした」

進学したマラヤ大学で経営学を学び、「企業の目的=利益の最大化」「株主至上主義」といった資本主義の定石に触れる。中学校2年生から学び始めた日本語を活かし、文部省(当時)奨学金を得て来日。二つの大学院で思索を深める中で、行き過ぎた資本主義を背景とする経済システムや、社会における企業の存在意義を探求するようになった。

「もうひとつ、私の原点と言えるのが出自です。私の祖先は中国からマレーシアへ労働力としてやってきました。より安い労働力を求めて生産拠点を移動させる経済構造は、現在も続いていますが、私は『このモデルは果たして持続可能なのだろうか』という問いを抱きました。安価なリソースに依存し続ける構造は、行き過ぎると人権問題や環境破壊を引き起こすだけでなく、長期的にはビジネスそのものの存続を危うくします。社会全体の豊かさと企業の成長をいかに両立させるか。そこにサステナビリティの本質があると感じたのです」

そして2001年に発生したエンロン事件。企業の評価システムや利益を追求する姿勢が極端化すれば、企業そのものが崩壊する。それが現実に起こったのを目の当たりにし強い衝撃を受けた黄氏は、改めてサステナビリティの視点から経済システムや企業の存在意義を問い直すことへの関心を高めていく。

※2001年10月に発覚した不正会計事件。米エネルギー大手エンロン社が経営破綻に追い込まれた。この事件を発端に米有力企業による不正な会計処理が表面化し、米国では罰則規定が強化された。

サステナビリティを「負担」から「成長エンジン」へ変える視点

社会全体で資本主義モデルの限界と新たな経済のあり方が模索され始めた2000年代以降、日本企業の意識も激変したと黄氏は言う。環境対応から始まったサステナビリティは、パリ協定やSDGsなどの国際枠組みに加え、RE100などのイニシアチブや、TCFD、TNFD、欧州のCSRD、さらにISSBや国内のSSBJといった「開示基準」の実装へと拡大。これらが事業継続や収益に直結したことで、取り組みは人的資本やサプライチェーンへも波及した。その変化を加速させたのが、ESG投資の本格化だ。

「この15年、経営層の意識変容は劇的でした。投資家とのIRでも、脱炭素や人的資本、人権尊重といったサステナビリティ課題を、いかに成長戦略に結び付け、利益と両立させるのかが主要なテーマとなっています。一方で、企業全体への浸透は道半ばです。特にグローバル展開する日本企業では、本社の優れた方針を海外拠点へ『翻訳』するプロセスに伸び代があります。地域ごとの文化や課題に即した丁寧な対話や専門的な補足があれば、グローバルな方針は現地の文脈で『自分たちの指針』へと進化します。この共感を通じた再定義こそが、組織の一体感を生む鍵なのです」

投資家や市場の力で、経営層や専門部署が動き始めても、それだけでは本当の意味での浸透は進まない。現場への浸透を阻む主な理由として、黄氏は「活動への負担感」を挙げる。

「『企業は利益を追求する存在』という強いマインドセットのもと、上場企業は四半期決算や目先の成果への対応が至上命題となり、長期的なサステナビリティ活動は二の次になりがちです。目先の成果が優先され、現場ではサステナビリティの目的が十分に共有されないまま、膨大なデータ収集を本業に付随する『追加の負荷』として現場の担当者に背負わせているのが、よく見受けられます。しかし、本来サステナビリティとは単なる開示のための作業ではありません。SSBJ等が求める『リスク、機会、および財務的影響』の特定とは、社会の変化を直視し、将来の競争優位性を構築するプロセスです。収集されたデータが自社のリスクをどう回避し、新たな機会をどう創出するのか。その本質的な意味が日々の業務と響き合い、納得感を持って受け入れられてこそ、真の変革が始まると感じています」

黄氏は、そのギャップの背景にある「環境・社会との相互依存性」の実感不足を指摘する。

「自分の仕事、そして環境や社会のあり方が、自分と家族の幸せにどう直結しているのか。その本質的なつながりが見えないことが、現場の負担感を生んでいるのです。サステナビリティが個人のKPIに反映される例はまだ少なく、『外部圧力による仕事』と捉えられがちなのが現状です。いわゆるESG Fatigue(ESG疲れ)が起きてしまっているのです。サステナビリティへの取り組みが自分や家族の幸せにつながると心から納得できれば、人は力を尽くせるはずです。しかし現状ではそのつながりが見えにくく、『頭で理解しても、心が動かない』というギャップを生んでいる。これを埋める必要があるでしょう。

ですが、これは裏を返せば、一人ひとりの志と企業の目指すべきあり方が響き合えば、人的資本の価値が最大化されるチャンスでもあります。特に意味報酬を重視する多くの若い世代にとって、企業の社会的な方向性は最大の求心力となります。サステナビリティは単なる『負担』ではなく、組織を動かす『成長エンジン』なのです」

一人の「当事者意識」が、企業の未来を創る原動力になる

企業全体への浸透に課題があると指摘する一方で、黄氏は「この15年は、サステナビリティが経営の中核へと拡張した時代だった」と評価する。

「脱炭素やSDGsといった言葉が日常化し、社会全体に波及しているのは間違いありません」 黄氏はそう前置きした上で、今後の鍵は一人ひとりの「自分ごと化」にあると語る。

「行動変容を起こすには、知識としての課題と日常の実感を接続することが必要です。かつてサステナビリティの講義で、外国人学生から『日本のコンビニは過剰なサービスで環境負荷を高めているのではないか』という問いを投げかけられたことがあります。それに対して、私が『明日からマイボトルやマイカトラリーを持ち歩きませんか』と提案すると、教室内は沈黙に包まれました。課題を『頭』で理解していても、自身の利便性を手放して『当事者』になることには、それほど高い壁があるのです」

ほかにも、『環境にやさしい』や『社会的な要請』といった言葉について、黄氏は新たな視点を提示する。

「経済活動そのものが環境に負荷をかけている現状では、安易に『環境にやさしい』とは言えません。また、『社会的な要請』という受動的な言葉に留まるのではなく、自らが主役となって課題に向き合う。その主体性こそが、これからの企業価値を高める人的資本の核心です。一歩踏み出すその当事者意識こそが、サステナビリティを本質的なものへと変えていくのです」

事象を理解するだけにとどまらず、自分のこととして感じて行動を変えられるまでの「浸透」が、サステナビリティ実現につながっていく。

「一人の力が小さいという認識は、私の中にはありません。一人が変われば、周囲の家族や友人が変わり、それを積み重ねることで企業も社会も変わっていく。一人が変わったことから、結果として企業も自ずと変わる。それが、本来の理想的なパターンでしょう」

サステナビリティは戦略や制度だけで実現できるものではなく、最終的には個人の判断と行動の集積によって形づくられるものだと黄氏は言う。自社の意思決定や行動が、社会・環境にどのように影響を及ぼすのか。その連鎖を常に意識することで、一人から企業へ、企業から社会へと変化とインパクトが波及していく。

「企業や環境・社会は独立した存在ではありません。相互に接続し依存し合う関係の中に存在するものです。この『相互依存性』への深い理解こそが、サステナビリティの議論を個別施策から経営の本質へと引き上げると信じています」

企業、産業、制度、地域社会といった枠組みを超えた連携があってはじめて、サステナブルな社会の基盤を形づくることができる。その連携を支える最小単位であり、最も大切な要素こそが、私たち一人ひとりの意志ある行動なのだ。

黄 麗容(Wong Lai Yong)

First Penguin Sdn. Bhd. 創設者
大学院大学至善館 特任准教授
日東電工株式会社 / 株式会社三井E&S 社外取締役

中華系マレーシア人3世。マラヤ大学卒業後、ソニー・マレーシア勤務を経て来日。慶應義塾大学大学院経営管理研究科経営学修士(MBA)、横浜国立大学経営学博士。日本の保育士資格も持つ。First Penguin Sdn. Bhd.を創立。元ペナン州女性発展局理事。2016年、内閣府「アジア・太平洋輝く女性の交流事業」にマレーシア代表として選出。

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